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東京地方裁判所 平成6年(ワ)23352号 判決 1996年12月25日

原告

住友海上火災保険株式会社

被告

井ヶ田幸児

主文

一  被告は、原告に対し、金五八五万四〇四八円及びこれに対する平成五年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金七三五万円及びこれに対する平成五年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要(当事者間に争いがない事実及び証拠上優に認定できる事実)

一  本件交通事故の発生

1  事故日時 平成五年二月二二日午後九時五三分ころ

2  事故現場 東京都昭島市緑町三丁目一四番一二号先交差点(以下「本件交差点」という。)

3  早田車 普通乗用自動車(品川三四つ五八五九)

運転者 訴外早田理(以下「訴外早田」という。)

所有者 訴外早田

4  被告車 普通乗用自動車(多摩三三な二一六二)

運転者 被告

5  事故態様 訴外早田が、早田車を運転し、本件交差点を青色信号にしたがつて直進中、対向進行してきた被告車が右折しため、早田車と被告車が衝突した。

二  責任原因

被告は、右折するに際し、対向車両の安全を確認して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて漫然と進行し、本件事故を惹起した過失があるので、民法七〇九条に基づき、訴外早田に生じた損害を賠償する責任がある。

三  損害 七三一万七五六〇円

早田車は本件事故によつて破損したその修理費として七四〇万円を要したが、甲九によれば、早田車の本件事故時の時価は七三一万七五六〇円と認めるのが相当であるので、訴外早田の損害は七三一万七五六〇円と認められる。甲八に記載されている一三〇〇万円という価額は、甲九に照らして採用できない。

四  原告による保険代位

原告は、平成四年三月九日ころ、訴外早田との間に、保険の目的を早田車とする自家用自動車総合保険契約を締結したところ、平成五年七月二〇日、訴外早田に対し、右保険契約に基づき、保険金として金七三五万円を支払い、訴外早田が被告に対して有する七三一万七五六〇円の損害賠償請求権を商法六六二条一項に基づいて代位取得した。

五  争点

被告は、訴外早田には、前方不注視、制限速度を三〇キロメートル以上超過した速度で進行していた過失が認められるので、本件では、その損害から七割以上過失相殺すべきであると主張し、原告はこれを争つている。

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1(一)  争いのない事実、甲一、六、一〇の一ないし四〇、一五の一ないし一二、乙三の一の一ないし一一、四、五、鑑定の結果、証人早田理及び江守一郎の各証言並びに被告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(二)  訴外早田及び被告が進行してきた道路(以下「本件道路」という。)は、片側車線の幅員が六・二メートルで二メートルの路側帯があり、歩車道が区分され、中央を分離帯で区分され、片側が二車線のアスフアルトで舗装された国道一六号線である。本件事故現場付近は直線で、視界は良好であり、速度は訴外早田及び被告が進行してきた双方車線とも毎時五〇キロメートルに規制されている。本件交差点は、本件道路と被告が右折して進行しようとした幅員五・八メートル(路側帯を含む)で歩車道の区分及び車線区分のない道路が斜めに交差する信号機により交通整理の行われている交差点である。本件交差点付近の本件道路の交通はひんぱんであり、本件事故当時、訴外早田が進行してきた側の車線は、中央分離帯側の車線が渋滞していた。

(三)  訴外早田は、本件道路を時速約六〇キロメートルで、前方を先行する車両に続いて歩道側車線を本件交差点に向かつて直進中、本件交差点の手前一〇〇ないし二〇〇メートルの地点で本件交差点内で対向車線上に右折しようとしている被告車を発見したが、その後、前方を十分に注視せず、被告車の動静に対する注視を欠いたまま進行した結果、青色信号に従つて本件交差点を直進しようとして本件交差点に進入したところ、前方から右折してきた被告車を直前に発見し、急ブレーキをかけたが及ばず、早田車前部右側を被告車左前部に衝突させ、早田車は、進路を約一六・五度左斜めに変化させ、約一〇度左に回転して道路脇の電柱に衝突して停止した。

被告は、本件交差点を青色信号に従つて右折しようとしたところ、対向車線の中央分離帯より車線に大型トラツクが渋滞のため停止していたため、対向車線の視界が不良で、対向車線を進行してくる車両の確認不十分のまま被告車を本件交差点中央付近まで進行させ、そのまま時速約一五キロメートルで右折しようとしたところ、対向車線の歩道側車線を進行してくる早田車を前方一四・四メートルの地点に発見し、急ブレーキをかけたが及ばず、被告車を一・六メートル進行させた本件交差点内の歩道側車線の延長上で早田車と衝突させた。

2(一)  被告は、本件事故は、被告が対向進行してくる早田車を発見し、本件交差点中央付近で停止して早田車の通過を待つていたところ、早田車が時速八五キロメートル以上の速度で進行してきたため、右に回転しながら左側面を被告車に衝突させたものであると主張するが、不合理な点が認められず、十分に信用できる鑑定人江守一郎の鑑定の結果及び証言(以下、これらを「江守鑑定」という。)によれば、本件事故の態様は右認定のとおりと認められる。

(二)(1)  被告は、早田車が九メートル移動して停止していることを前提に鑑定しているが、早田車は道路脇の電柱に衝突して停止しているから、本来なら更に移動しているから、早田車が九メートル移動して停止していることを前提としている江守鑑定は前提を誤認している、早田車は衝突後進行方向を約一六・五度斜めに変化し、約一〇度左に回転して停止したことを前提にしているが、早田車は右に回転しながら左側部を被告車の左側部に衝突させたものであるから、江守鑑定はこの点でも前提を誤認している、早田車はスリツプ痕を残して停止しているので、ブレーキをかける前は更に速度を出していたと考えられるので、江守鑑定は信用できないと主張する。

(2) しかしながら「早田車は九メートル移動して停止していることを前提に鑑定しているが、早田車は道路脇の電柱に衝突して停止しているから、本来なら更に移動しているから、早田車が九メートル移動して停止していることを前提としている江守鑑定は前提を誤認している」との点について、江守鑑定によれば、江守鑑定人は、早田車の移動距離だけから双方の車両の速度を鑑定したのではなく、早田車と被告車の双方の移動距離から総合判断して早田車及び被告車の速度を鑑定したこと、早田車の移動距離の方が被告車の移動距離よりも誤差が生じやすいことが認められ、これによれば、被告の主張はその前提を欠き、採用することができない。次に「早田車は衝突後進行方向を約一六・五度斜めに変化し、約一〇度左に回転して停止したことを前提にしているが、早田車は右に回転しながら左側部を被告車の左側部に衝突させたものであるから、江守鑑定は前提を誤認している」との点についても、被告の主張する早田車の衝突後の進行態様は、被告が供述するものであり、客観的に認められるものではない。かえつて、被告自身が立ち会つて作成された実況見分調書では、早田車が直進してきて前部右側部分を被告車の左前部に衝突させた旨被告も指示していること、早田車の左側部分は擦過痕は認められるものの凹損は認められないこと、被告車が破損しているのは左前部であり、左側面には損傷はほとんど認められないことなど、早田車及び被告車の破損状況から見ても、被告が主張するように早田車が右に回転しながら被告車に衝突したとは認められないから、被告の主張は前提を欠き採用できない。また、「早田車はスリツプ痕を残して停止しているので、ブレーキをかける前は更に速度を出していたと考えられる」との点も、早田車はブレーキをかけたことで多少速度が低下して時速約六〇キロメートルで被告車と衝突したことは認められるが、訴外早田は、ブレーキをかけたがほとんどその効果を生じないまま被告車と衝突していると認められるので、訴外早田がブレーキをかけたことで早田車の速度が急激に低下したとまでは認められず、早田車が被告の主張するような時速九〇キロメートル以上の速度で進行してきたとは認められない。

以上の次第で、被告の主張は採用できず、他に江守鑑定の信用性に疑いを生ぜしめるに足りる証拠はない。

(三)  次に、被告は本人尋問期日において自らの主張に沿う供述をしており、右供述が信用できると主張するが、被告の右供述は、前記のような被告車及び早田車の損傷状況に明らかに整合しないのみならず、被告及び訴外早田が立会つて作成され、十分に信用できる実況見分調書(甲七)や江守鑑定とも矛盾するものであり、採用できるものではない。

(四)  よつて、被告の主張は採用しない。

3  以上認定した事実によれば、本件事故は、本件交差点を右折しようとした被告車と対向直進してきた早田車が衝突した事故であるところ、右の様な本件事故の態様によれば、第一次的には被告に事故回避義務が課せられるものであり、前方不注視の過失によつて本件事故を惹起した被告の責任は重大である。他方、訴外早田に制限速度を一〇キロメートル以上超過した制限速度遵守義務違反の過失が認められることは明らかである。また訴外早田は、本件交差点の手前一〇〇ないし二〇〇メートル付近で対向車線上に右折しようとしている被告車を発見したところ、自らが制限速度を遵守しないまま進行していたのであるから、被告車が早田車の速度を誤認して右折してくることを考慮し、その動静を注視して進行すべきであつたにもかかわらず、本件交差点直前で右折してくる被告車を発見するまでの間、前方の注視を欠き、被告車の動静注視を欠いた結果、本件事故を発生させたものであるから、訴外早田には、本件事故と因果関係の認められる前方不注視の過失も認められる。

他方、被告は、訴外早田に徐行義務が課せられていると主張するが、本件交差点は信号機によつて交通整理の行われている交差点であり、信号機で交通整理されている交差点を直進する車両は、信号機の表示に従つて進行する義務は負うものの、徐行義務は負わないので、被告の主張は採用できない。なお、被告は、原告が、訴外早田に過失がないことを立証すべきであると主張するが、過失相殺の基礎となる過失は、過失相殺を主張する被告側が主張、立証すべきであることは明らかであり(最高裁昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決民集二二巻一三号三四五四頁)、被告の右主張は採用できない。

以上のような本件事故の態様、訴外早田、被告の双方の過失の態様に鑑みると、本件では、その損害から二割を減殺するのが相当である。

二  求償金額

以上の次第で、訴外早田の被告に対する損害賠償請求権は五八五万四〇四八円の限度で認められるので、原告の被告に対する保険代位も右の限度で認められる。

第四結論

よつて、原告は、被告に対し、金五八五万四〇四八円及びこれに対する代位弁済の翌日である平成五年七月二一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 堺充廣)

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